一物全体で得るものは

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天野朋子さんのレシピで、玉ねぎの丸ごと煮しめです。
「一物全体」を体現したかのようなお料理ですね。

根と先端をぎりぎりに切って、皮を剥いた玉ねぎに、3本の切り込みを放射線状に入れて。
昆布、麦味噌と水と一緒に、ことことゆっくり蒸し煮します。
本の写真では、もっとほろり、と玉ねぎが崩れていたのですが、残念ながら私の作ったものは、随分とかっちりと形のまま。
……陽性の玉ねぎだったのか。


ところで、我が家のあるエリアでは、ゴミ収集は毎週火曜の朝なのです。
よって月曜の夜から、早い人は月曜の朝から(……)、ゴミ箱やリサイクルカートンなどを家の前に出しておくのですね。

ところで、今週の我が家の一般ゴミカートン。3分の1しか埋まりませんでした。
というのも、生ゴミが1週間トータルで、スーパーのレジ袋1つ分。これに紙などの一般ゴミを合わせても、それぐらいの量ですんだのです。


生ゴミの量が、段々と減ってってるなあ、と実感します。
家族での外食はほとんどしないので、一応毎日、何かしらは料理してるんですが、ゴミがあまり出ないのです。

野菜の皮を剥かないこと。
食べられるところは余すところなく食べようとする、「一物全体」の法則。
野菜の味を引き出す調理で、調味料もほとんど使わない。

おまけに付け加えれば暇人なので(……)、せめて出来るだけ手作りしないと、というザイアク感があるものですから、出来合いの食品はあまり買わない。
だから、その手の袋や缶などのゴミも減っていく。


レシピ本が次々と出版されて、ブームのように広まりつつある、昨今のマクロビオティックを取り巻く状況。
かくいう私自身、ただレシピを手に入れては、面白がって作っていただけで。ゆるゆるマクロの名に恥じない、大変浅い触れ方で。
しかし今になって改めて、本当はマクロビオティックというのは、こういうことを全て含んだ生活実学そのもの、ということを、遅ればせながら学び始めたところです。


でも、学ぶ、というよりは。
いつの間にか、気づいたら。そんな感じで進んでいる、今がとても心地良いのです。

身体が、家族が、エコが、と考える、動機は様々でいいと思うのですが、それが「義務」「規則」という枷になってしまっては、「生活」が辛くなってしまうので。

空気のように、当たり前に。自然体で共にある。
そんなものを、私はマクロビオティックに求めているようです。
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by circle-base | 2008-03-12 13:05